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Takahashi  Yukinari

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#5  同じ炎のそばで

  • 執筆者の写真: 幸誠 高橋
    幸誠 高橋
  • 4月16日
  • 読了時間: 2分

店内は暗すぎず、かといって照明が過剰でもない。

居心地の良い和食店の小上がり席に、二人分の湯気がゆらゆらと立っていた。

ふと、グラスを持つ手がすこしだけ震えていることに気づいて、高橋幸誠は、どこか懐かしい緊張感に心が引き戻された。

目の前にいるのは、彼がまだ舞台の右も左もわからなかった頃に出会った、ある俳優の先輩だった。年齢も芸歴も上、けれどその人は、当時から不思議なくらい自然に、若い高橋を仲間として扱ってくれた。

「幸誠の最近の芝居はどうよ?」ぽつりと先輩が言ったその言葉は、まるで舞台の幕が上がる合図のようだった。

高橋は言葉を選びながら、芝居の話をした。昔は、とにかく空回りしないように、失敗しないようにと、がむしゃらに立ち回っていたこと。でも今は、舞台上で“間”を信じるようになったこと。自分の呼吸や、相手役の感情の揺らぎ、観客の気配すらも、芝居の一部として味わえるようになったこと。

先輩は、頷いたり笑ったりしながら、ただ黙って耳を傾けていた。「それってさ、演技に年輪が出るってことだよな」そう言ったその目は、今も現役で舞台に立ち続ける人の熱を宿していた。

話の合間に箸を動かしながら、二人は役の作り方、稽古場での在り方、そして客席とどう繋がるかについて、あれこれと語り合った。思えば、こんなふうに“語れる”ようになるまでに、ずいぶん長い時間がかかったのだ。

「演劇って、結局人だもんな」その一言に、高橋は胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。

積み上げてきた年月。芝居の場数。現場で交わしてきた無数の視線と言葉。そのすべてが、この時間の中に滲んでいた。

食事が終わる頃、店を出て歩きながら、二人の影が路地に並んで伸びていた。懐かしい夜風の中で、高橋は少し背筋を伸ばしながら思った。自分は、あの頃から少しずつ、きちんと歩いてこられたのだと。

芝居を通じて、今もこうして心から話せる人がいること。それはきっと、俳優という職業を続けていく中で、最も尊い火種のひとつなのかもしれない。


つづく

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