#3 まだ静かなホール
- 幸誠 高橋
- 4月10日
- 読了時間: 2分
更新日:4月14日
文化フォーラム春日井の視聴覚ホール。
その外観を見上げながら、高橋幸誠はポスターの仕上がりを確認していた。
来月、自分たちの舞台が幕を開ける——そう思うだけで、まだ何も始まっていない空間を
想い、心がゆっくりと波打つ。
人形劇団パンと、紙芝居屋・たっちゃんとの共演。
園や施設を巡っていたいつもの演目を、このホールで、たくさんの人に“観に来てもらえる”形で届けられる。そんな機会が、ようやく訪れた。
……だからこそ、伝えたい。その思いを込めて、彼は日々、手を動かしていた。
チラシのレイアウト。文字の大きさ、写真の配置、視線の流れ。ポップで楽しい雰囲気を残しつつも、目にした親子が「行ってみたい」と思えるように。SNSで投稿する言葉ひとつにも、言葉選びの癖が出ないように、何度も推敲する。
普段は裏方仕事を意識せずとも舞台に立つが、こうして一からつくりあげる企画では、宣伝もデザインも全部が表現の一部になる。ひとつひとつは地道で、目立つものではないけれど——。こうして準備する時間そのものが、すでに舞台の一部になっていることを、高橋は感じていた。
それに、身体の感覚も、少しずつ整えていかねばならない。稽古こそまだ始まっていないが、今のうちから喉を温め、日常の姿勢を見直す。遠くから声を張るための身体作り。人形を操るための、手首と指先の柔軟。それらすべてが、あと少し先の未来に向けた、静かな助走だった。
公演はまだ先。
けれど、その日のために、今日もまた準備が進んでいく。
高橋はふと思った。——あの場所が、笑いと驚きと、あたたかさに包まれる光景を、ちゃんと想像できる。それだけで、少し救われるような気がする。
つづく
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