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Takahashi  Yukinari

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#2 幕が開く、その前に

  • 執筆者の写真: 幸誠 高橋
    幸誠 高橋
  • 4月8日
  • 読了時間: 2分

更新日:5月4日

冬の残寒の中、桜も陽気を心待ちにしているある日。

高橋幸誠の心は、小さく鳴る鼓動のようにざわついていた。

初めて関わる団体、初めて顔を合わせる共演者たち、そして初めて受ける演出家・佃氏の演出。それはまるで、未知の大地に足を踏み入れるような感覚だった。慣れ親しんだ空気がない場所では、呼吸のリズムひとつも探りながらになる。

「緊張してるのかもなあ…」

自嘲気味に呟いて、自分の胸に手を当てた。ワクワクとドキドキ、その両方が入り混じる感情のなか、どうやら今回は「ドキドキ」が優勢らしい。けれど、それもまた悪くない、と思った。緊張とはつまり、何かが始まる証だから。

舞台は、「愛知児童・青少年舞台芸術協会」、通称 愛児協の四十周年を記念する合同公演。五つの劇場を巡る長期公演ということもあり、心身ともに整えるべき旅路が始まっていた。

まず最初の幕が上がるのは、天白文化小劇場。8月の初め、蝉が声高に鳴く頃だ。

「さあ、ここからだ」

そう小さく息を彼は吐いた。

まだ何者にもなっていないこの身体に、これから与えられる役を通して、誰かを生きる日々が始まる。共演者の呼吸を感じながら、演出の言葉を受け止めながら、舞台の「ひとり」になっていく。

芝居は、孤独でいて、決してひとりではできないもの。だからこそ、どんな関係も、最初は静かに始まる。

頭の中によぎる。

汗が混じった稽古場の空気のなかに、まだ知らぬ物語の気配がふわりと漂っている。

高橋はその匂いを実際に嗅ぎ取るように、目を細めた。

「きっと、いい旅になる」

そう信じているような瞳で、稽古が始まるその日を、

彼は待ち望んだ。


つづく

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