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Takahashi  Yukinari

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#9 人形たちの春 ―こども劇場春祭り2025 終幕に寄せて―

  • 執筆者の写真: 幸誠 高橋
    幸誠 高橋
  • 5月4日
  • 読了時間: 3分

春を迎える少し前。人形劇団パンのアトリエにはひとつの企画案が充満していた。「こども劇場春祭り2025」。人形劇団パンと、紙芝居屋・たっちゃんによる、全三回のプロデュース公演。


どこか夢のような響きを持ったこの企画が、現実になるまでには、何度もやり取りを重ねた会議の時間と、数え切れない手配と、そして、静かな覚悟が必要だった。

ただ作品を作るだけではない。今回ばかりは、自分たちの手で「届けに行く」必要があった。春日井市内の幼稚園、保育園、こども園、学童、児童館。どんなに小さな入口でも無駄にせず、ポスターを掲げ、チラシを届け、SNSで声を上げ続けた。

それでも、不安は拭えなかった。“観に来てもらう”舞台の難しさは、巡回とはまた違う孤独を連れてくる。観客の数は、舞台の意味を決めるものではない。けれど、願わずにはいられない。「どうか誰かに届いてほしい」と。


そして迎えた2025年5月3日。

文化フォーラム春日井のホールには、少しずつ人が集まりはじめた。

最初はぽつりぽつりだったのが、次第に多くの観客が集まり、客席の列が増設されるほどの回すらあった。

二日間にわたる全三回の上演、埋まる客席。その光景は、高橋にとって、報われた以上の意味を持っていた。

けれど、それは単なる“成功”ではない。日々巡回で演じてきた人形劇も、今回の舞台に向けてさらに磨き直した。小さな台詞の抑揚、道具の見え方、音の鳴らし方。観客の目線に合わせて、これまでにない試行錯誤を重ねた。

「三匹のこぶた」「ジャックと豆の木」「おべんとうバス」。誰もが知る物語が、目の前の子どもたちに“初めて”として届くように。その一点に向かって、高橋もパンの仲間たちも、声を、手を、心を尽くした。

客席から聞こえる笑い声、驚き、静かな集中。ひとつひとつが舞台と溶け合い、その場限りの温度を生んでいた。


終演後に寄せられたアンケート。「また観たい」「次はこんなお話がいいな」震えるような字で書かれた子どもたちの言葉に、高橋は何度も目を通した。読み返すたびに、舞台の記憶が身体に灯ってくる。


公演を終えたその夜、高橋はアトリエの椅子に、ひとり腰を下ろしていた。使い終えた人形たちが、ボックスの中で静かに眠っている。この数ヶ月、自分は確かに彼らとともに、ひとつの時間を生きたのだと、そっと胸の内で頷いた。


よし。


その言葉は、声にならなかったけれど、すぐにまた、身体が次へと動き出す気配を含んでいた。

12月には、同じこの場所で、春日井人形劇フェスティバルが控えている。今度は、さらに大きな挑戦になる。今回の公演が、たしかに届いたのなら


その先に進めるはずだ。


創ること。伝えること。繋ぐこと。すべての熱を込めて、もう一度、あの舞台へ還っていく。

今回と同じくらい、いや、それ以上に。創造にも、広報にも、心血を注いで挑もう。

それが自分にできる、いまの答えだ。そっと立ち上がる背に、眠る人形たちが寄り添っていた。


つづく

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