#6 笑顔のために、今できることを
- 幸誠 高橋
- 4月21日
- 読了時間: 2分
印刷されたカラフルなチラシが、部屋の片隅で乾きを待っていた。
「人形劇団パン 公演のお知らせ」手作業で切り揃えられたそれは、印刷所の匂いと、わずかにのりの香りを含んでいた。
高橋幸誠の机の上には、すでに宛名の書かれた封筒がいくつも積み重なっている。送り先は、幼稚園、保育園、こども園、学童クラブ——そこに通う、まだ言葉よりも表情で世界と話す子どもたちの顔が、チラシの向こうに透けて見えるようだった。
来月に控えた人形劇公演に向けて、制作作業は佳境を迎えていた。舞台美術の補修、音響機材のチェック、人形の手直し。ひとつひとつの工程は地味で細かいけれど、それを丁寧に積み重ねることで、子どもたちの世界に“魔法”が届くと信じている。
パソコンの横には、台本が数冊広がっていた。先週は今年度から始まる新作の人形劇の打ち合わせが、これとは別で行われていたし、日中にはステージ撮影の打ち合わせも。あの居酒屋で先輩と語り合った夜も、翌朝にはこの机に向かって人形劇公演のチラシを準備していたのだった。
表現者としての顔がいくつもあること。
それは決して“器用”という言葉では片づけられない。それぞれの現場に、それぞれの真摯さで向き合っているからこそ、心が擦り減ることもある。けれど、今は不思議と疲れよりも、充実感のほうが勝っていた。
「こんなに手間をかけて、伝わるんだろうか」ふと浮かぶ不安も、彼は知っている。でも、それを乗り越えさせるのは、決まって“あの瞬間”——小さな客席の隅っこで、息を止めるように人形を見つめている子どものまなざし。そして、笑い声。拍手の音。保育士さんたちの満足げな目元。
彼はチラシを封筒に詰め、そっと宛名に手を添える。SNSにも投稿した。「来月、人形劇団パンでの公演があります。たくさんの子どもたちに、物語の世界を届けられたら嬉しいです」飾らないその言葉の向こうに、すでに幾重にも積み上がった想いがにじんでいる。
窓の外では、夕暮れの光がスタジオの壁をやわらかく照らしていた。
その光のなかに、今日もまた、彼の表現の一日が静かに重なっていく。
つづく
Commentaires